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札幌地方裁判所 昭和58年(ワ)1147号 判決

原告

関幸子

原告

内田光代

右両名訴訟代理人

江本秀春

村岡啓一

被告

日産火災海上保険株式会社

右代表者

本田精一

右訴訟代理人

西川哲也

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実《省略》

理由

一請求の原因1ないし4の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二そこで、原告らが被告に対し、亡朗子の相続人として自賠法一六条一項に基づくいわゆる直接請求をすることができるか否かについて検討する。

1  請求の原因5の(一)の事実は、当事者間に争いがない。

2 自賠責保険は、本来、加害者である被保険者が負担した損害賠償責任を填補することを目的とする責任保険であり、自賠法一六条一項に基づく被害者の保険会社に対する直接請求権は、被害者が被保険者に対して同法三条に基づく損害賠償債権を有する場合に、被害者に対する迅速な保護救済を計るという見地から、保険会社に対しても直接に損害賠償債権を行使することを許すというものである(最高裁昭和五四年(オ)第三四号・同昭和五五年(オ)第四一〇号昭和五七年一月一九日第三小法廷判決・民集三六巻一号一頁、最高裁昭和三六年(オ)第一二〇六号昭和三九年五月一二日第三小法廷判決・民集一八巻四号五八三頁参照)から、被害者の被保険者に対する損害賠償債権が消滅した場合には、被害者は、保険会社に対し、同法一六条一項に基づく直接請求をするに由ないものというべきである。

原告らにおいて、本件事故の加害者亡一男及び被害者亡朗子の各権利義務を相続によつて承継したことは当事者間に争いがないところであるので、被害者亡朗子の加害者亡一男に対する損害賠償請求権と加害者亡一男の被害者亡朗子に対する損害賠償債務とが、同一人である原告らに帰したことになり、原告らが亡朗子から相続によつて承継した損害賠償債権は、混同により消滅したものといわなければならない(最高裁昭和四六年(オ)第一一〇九号昭和四八年一月三〇日第三小法廷判決・交通民集六巻一号一頁参照)。

原告らは、民法五二〇条の混同の規定は、損害賠償債権の相続の場合には及ばないものと解すべきであると主張するが、同条はその但書において混同の例外となる場合を規定しているところ、損害賠償債権の相続がこの例外に当たらないことは明らかであり、仮に、同条の趣旨を考慮して例外を広く認めることに努めるべきであるとの立場に立つとしても、損害賠償債権の相続につき混同の規定の適用を排除すべき格別の理由は存しないものというべきである。

原告らは、「損害賠償債権の相続の場合に混同の規定を適用すると、父運転、母同乗の事故で、子が遺族の場合において、母だけが死亡したときには自賠責保険による支払を受けることができるのに対し、父母ともに死亡したというより悲惨なときに支払を受けることができないという不合理な結果になる。」と主張して、右の結論を非難するが、他方、仮に、損害賠償債権の相続の場合に混同の規定の適用がないと解すると、夫運転、妻同乗の事故で、妻が死亡した場合に、加害者である夫は、被害者である妻から相続した損害賠償債権を行使して保険会社から支払を受けることを認めるという不合理な結果になる。交通事故の被害者を救済するという目的のために、右の第一の設例の場合には自賠法一六条一項に基づく直接請求を認め、第二の設例の場合には認めないものとするのであれば、それは、民法及び前述のとおりの責任保険としての自賠責保険制度を創設した自賠法の合理的な解釈の範囲を超えるものであり、立法によつて解決すべき事柄といわざるを得ない。

更に、本件事故においては、原告らは、加害者亡一男が死亡しなければ、被害者亡朗子の相続人となり得ず、直接請求をすることもできなかつた者であるから、前述のような法解釈上の無理を冒してまで直接請求を認めなければならない合理的根拠に乏しいものというべきである。

3  請求の原因5の(二)の(2)のうち、原告らが被告に対し、昭和五七年九月六日、亡朗子の相続人として自賠法一六条一項に基づく直接請求をしたこと、被告が原告関幸子に対し、同月七日、保険契約者である亡一男の相続人として自賠法一九条の二に基づく追加保険料の支払をしたこと及び同原告が被告に対し、同月一七日、追加保険料を支払つたことは、いずれも当事者間に争いがない。

自賠法一九条の二に規定する追加保険料徴収制度は、自賠責保険の収支の改善、保険契約者間の保険料負担の公平化及び交通事故の発生防止に役立つべきものとして創設されたものであり、死亡事故を起こした車両の保険契約者に対し制裁的意味を含めて追加保険料を課すという制度である。追加保険料は、車両保有者の損害賠償責任の有無を問わず徴収され(同条五項参照)、保険会社は、交通事故による死亡があつたことを知つたときは、遅滞なく、保険契約者に対し、追加保険料の額及び支払期限を書面により通知するよう義務づけられている(同条二項参照)ところ、被告は、右の手続の一環として、原告関幸子に対し、追加保険料の支払を請求したものであるから、特別の事情の存しない限り、被告において追加保険料の支払を請求したことが、原告らに対し、自賠法一六条一項に基づく直接請求につき、原告らの相続した損害賠償債権が混同によつて消滅したことを理由としてその支払を拒絶しない旨表明したことになるものと解することはできず、右の特別の事情が存したことについての証拠はないから、被告の原告らに対する支払拒絶が禁反言の法理又は信義誠実の原則に違反する旨の原告の主張は採用することができない、

なお、本件のような事案において、相続人が加害者の相続を放棄し、被害者の相続を放棄しなければ、直接請求をすることができることになるが、相続の放棄をするか否かは、加害者及び被害者双方の相続財産の内容如何によつて決せられるのが通常であるから、加害者及び被害者の相続を放棄したか否かによつて直接請求をすることができるか否かについて差異が生ずることをもつて不合理なものということはできない。

4  よつて、原告らは、被告に対し、亡朗子の相続人として自賠法一六条一項に基づく直接請求をすることはできないものというべきである。

三次に、原告らが被告に対し、亡一男の相続人として自賠法一五条に基づくいわゆる加害者請求をすることができるか否かについて検討する。

1  請求の原因6の(一)の事実は、当事者間に争いがない。

2 自賠法一五条に基づく被保険者の保険金請求権は、被保険者の被害者に対する賠償金の支払を停止条件とする債権である(最高裁昭和五三年(オ)第三三〇号昭和五六年三月二四日第三小法廷判決・民集三五巻二号二七一頁参照)ところ、自賠責保険は、前述のとおり、被害者に対し損害賠償債務を負うことによつて被る被保険者の現実の損害を填補することを目的とするものであるから、右の支払とは、被保険者が被害者に対して自己の出捐によつて損害賠償債務の全部又は一部を消滅させたことを指し、混同による損害賠償債務の消滅は、右の支払に当たらないものと解するのが相当である。

右の最高裁判決は、被保険者の保険会社に対する保険金請求権につき転付命令が有効に発せられることによつて弁済の効果が発生して、被保険者の被害者に対する損害賠償債務が消滅する場合を扱つているのであり、混同による損害賠償債務の消滅が右の支払に当たるとする原告らの主張を先導するものと解することはできない。

3  よつて、原告らは、被告に対し、亡一男の相続人として自賠法一五条に基づく加害者請求をすることはできないものというべきである。

四以上の次第で、原告らの本訴請求は、いずれも理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(田中豊)

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